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【第五話】死期が見える男

知らなくていいこと

僕は今、群馬県のラジオ局のある番組でパーソナリティーをしている。
ある日、番組の仕事で親しくなったスタッフから自分の後輩が不思議なものが見えるらしいと奇妙な話を打ち明けられた。
それは、皮膚の上を見えない虫がザワザワと蠢くような、何かに撫でられたような薄気味の悪い感触が残る話だった。

思い出すとゾッとする、しかし、何か他言してはいけない、そんな気がして、この話はずっと封印してきた。

今から3年前、彼が大学生の頃のこと。
楽しげに歩くカップルや家族連れ、コーヒーを飲みながら談笑する中年の女性たち、孫と一緒にショッピングをする老夫婦等々。街なかには幸せで平和な光景に溢れていた。

が、何かがおかしい。奇妙な仕草をする人たちがポツリ、ポツリと通り過ぎる。
彼には、人の手の動きや仕草が反転して見えるのだ。

また見える…。

あんなに楽しそうに笑っているのに…。

あの子、まだ若いな。かわいそうに…。

彼に見えているのは人の死期だった。奇妙な仕草は、死期の証しだったのだ。
いつから、そんな特異体質になってしまったのか自覚はない。
とにかく間近に死ぬであろうことがわかってしまうらしい。

例えば、食事中、箸を握った手はそのまま口元へと運ばれるはず。
ところが反転していると、箸を握った手は、外側に向かって、その手を返すような妙な仕草になる。

あるいは名刺を受け取る時、手のひらは内側に向くはずなのに、両手の甲が内側になって見えるらしい。

反転するのは意味があるのだとか。生きている人は亡くなった人に手を合わせる。その時、両手のひらを合わせて指先は天に向かう。反対に、亡くなった人が生きている人に手を合わせる時には、両手の甲を合わせて指先は地に向かうのだという。
だから死期が近い人は反転して見える。もちろん、死期が近い本人には全くその自覚はないし、普通の人には見えるはずもない。

見えるものは仕方がない。
彼にとって他人の手の動きの変異は怖いものではなかった。手が逆手になって見える、ありえない光景は彼の日常と化していった。

サークル活動をしたり、ゼミ合宿に参加したり、友達と飲みに行ったり、カラオケをしたり、極、普通の学生生活を送っていたある時。
女子学生とのコンパが企画され、彼はウキウキしながら参加した。

彼の斜め前に座っていた、明るい笑顔が印象的な素直でかわいい女の子と意気投合した。彼女と話が盛り上がっていく中で彼はふと、感じた。

この子、案外、霊感が強いかもしれない。だから気が合うのかな。
自分の特異体質をわかってくれるかもしれないな。

彼は思い切って、デートに誘ってみた。

「今度の日曜日、よかったら遊園地に行かない?」
「ウン、行きたい!」

彼は有頂天だった。
こんなにかわいい子とデートができるなんて、オレも捨てたもんじゃないぞ。たっぷりあるこれからの学生生活に華やぎの予感さえしていた。
遊園地では二人とも、時間を忘れて子供のようにはしゃぎ、次々にアトラクションに乗り、歩き回り、楽しいひとときはあっという間に過ぎていった。

「ねぇ、お腹空かない?」
「空いた、空いた、何か食おう!」

ちょうどお昼時のレストランは混み合っていたが、彼女と一緒なら何もかもが楽しかった。やっと席に通され、彼はホッとして辺りを見回した。

ンッ!?
やっぱり、いる。

反転した手の動きが、ぎこちなくヒラヒラとあちらこちらに見えた。

1、2、3…。
6人か、今日は多いな。

目の前でメニューを覗きこんでいる彼女を見ながら、彼はもしかしたら彼女にもそれが見えるかもしれないと思った。

「おかしな仕草の人たちがいるんだよ。ちょっと周りを見渡してみて」
彼女は、ゆっくりと大きく円を描くように体をひねりながら眺め回した。
テーブルを挟んで目の前に座っていた彼女は体を正面に向き直して彼に言った。

「本当だ。私にも見えるよ。いっぱいいるね」

別段、怖がる様子もなくニコニコしながら答えた彼女。

彼女のその手は、反転していた。

両手を胸の前で握っているように見えた。

いや違う。

よく見ると、両手の甲を合わせた、その指先は地を指していた。

彼は大きく目を見開いたまま、硬直した体の表面から得体の知れない虫が這い出してくる錯覚に襲われた。

何で!?
まさか…、ウソだろ。

気が動転した。
どうやって、遊園地から家に辿り着いたのか記憶が定かではなかった。

その後、彼女には一度も会っていない。

しばらくすると彼の耳にも風の便りが聞こえてきた。

彼女は死んだ。

人の死は、この世に生まれ落ちたその時から決まっているのだろうか。
抗えない運命に人は為す術もないのだろうか。

今、あなたの隣にいる人は、もしかして…

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