【第二話】夏の海
仕事が忙しい中、なんとか盆休みが取れた僕は彼女を連れて、久しぶりにばあちゃんの家に遊びに行くことにした。
都心から車で2時間も走ると、美しい海岸線と青く輝く海が目の前に広がっていた。
僕が運転する車の助手席で子供のようにはしゃぐ彼女。
「突然、私が行ったら、おばあちゃん、びっくりしちゃうね」
「そのびっくりした顔を見たいのさ。きっと大歓迎してくれるよ」
僕はちょっとワクワクしていた。
子供の頃、夏休みになると当然のように過ごしていたばあちゃんの家。
玄関を開けると、懐かしい匂いが漂っていた。
玄関先に立っていた僕と彼女を交互に見比べて、ばあちゃんは言った。
「よく来たね。おまえが嫁さんを連れてくるなんて。良かった、良かった。早く、ホラ、上がって、上がって」
彼女はクスッと笑った。
まだ、嫁さんじゃないけど、まあ、いいか。
「ばあちゃん、ちょっと浜に行ってくるよ」
その浜は、白い砂と青い海が夕日に映える見事な景色が広がり、それを独占するように、ローカルのサーファーたちが集まる穴場スポット。
そんな錦織のように美しい絶景を彼女に見せてあげたかった。
「気をつけなさいよ。夕暮れ時になったら絶対に海に入ってはいけないよ」
ばあちゃんは何度も何度も同じことを繰り返して、僕達を送り出してくれた。
昔から死者の魂は海に帰っていくと言い伝えられ、お盆になると、迎え火を灯し、海岸にお供え物をして、亡くなったご先祖様を迎える。お盆の数日を自分の家で過ごした死者の霊は、やがて送り火に背中を押されるように、また海に戻るのだという。お盆に家に迎えられなかった淋しい死者の霊は海に、そのまま漂い、海に入って遊ぶ人間の足をいたずらに引っ張り、海の彼方に連れ去ることがあるらしい。
波打ち際をのんびり散歩しながら、子供の頃に、ばあちゃんに聞かされた、そんな話しを思い出していた。
「それって、土用波とかクラゲのしわざでしょう」
「うん、そうかもしれない。でも、本当にこの時期は水難事故が多いんだよ」
ふと、子供のはしゃぐ声に気づき、見ると、5歳くらいの男の子と両親らしい3人が浜辺で遊んでいた。日が暮れかかるこの時間まで海水浴とは…と思いながらぼんやり眺めていた。すると、
「よかったら、一緒に花火しませんか」
父親らしき人がニコニコしながら声をかけてきた。
男の子は人懐っこい笑顔で、僕達の周りをグルグル回り始めた。そうか、この親子は花火をするために、この時間まで海にいたんだ。
「いいんですか?うれしい。花火なんて久しぶりだもの」
僕の顔をチラッと見たものの、彼女は、何のためらいもなく、誘いを受けた。
「ありがとうございます。たけし、良かったね。お姉ちゃんと花火ができるわよ」
「生まれて初めて海水浴に、この子を連れて来たんですよ。こんなに喜ぶなら泊まりで来ればよかったなあ」
我が子のはしゃぎぶりを見ながら、ご両親もうれしそうだった。
「たけし君、大きな砂のお山を作ろうよ」
「作りたい!お姉ちゃん、トンネルも掘ってね」
彼女もたけし君もすっかり打ち解けて、遊びに夢中になっていた。
「いいこと思いついた!トンネルにお水を流そう。僕さあ、バケツにお水汲んでくるよ」
波打ち際に向かって走って行こうとするたけし君を、僕は慌てて追いかけた。彼女に迷信だと笑われても、ばあちゃんの話しが全くウソだとはどうしても思えなかった。
線香花火、ねずみ花火、ロケット花火…。
散々、遊んで、すっかり日が暮れてからお開きになった。
「本当にありがとうございました」
「こちらこそ、久しぶりに童心に返って思いっきり遊べて、楽しかったです」
「バイバ〜イ。絶対また会おうねー。約束だよ!」
来年の盆休みに、ここで再会する約束をして親子と別れた。
たけし君の大きな声が、いつまでも耳に響いていた。
1年後の夏。
僕と彼女は、あの親子と再会の約束をした浜辺に立っていた。
「来てくれたんですね」
ふいに後ろから声をかけられ、びっくりして振り向いた。
たけし君の母親は、静かに微笑んだ。傍らで、たけし君の父親は僕達に一礼をした。
「あれ、たけし君は?」
たけし君のことだ。きっと、ひとりで興奮して、どこかで遊んでいるに違いない。彼女は、大声でたけし君を呼び始めた。
「隠れたって、ダメだよー。お姉ちゃんが見つけに行くよー!」
「たけし、いないんです」
たけし君の母親は泣き崩れた。
咄嗟に意味がわからなかった。
彼女は呆けた顔でたけし君のご両親の顔を見比べた。
「たけしは昨年の夏、この海で亡くなりました。あなた達と花火をして本当に楽しかったみたいで、次の週の日曜日にまた海水浴に来たんです。それで…」
「私が目を離したから、私がそばにいなかったから、私が…」
言葉を失った。かけるべき言葉を必死に探したが見つからない。
彼女は、ウソでしょう…と言ったきり大粒の涙を流した。
「一緒に花火をしていただけませんか。あの子、楽しみにしていたから」
もちろん、たけし君とまた遊ぼうと思ってやって来たのだ。断る理由などなかった。4人で静かに花火に火をつけた。はしゃぐ声は聞こえない。線香花火の仄暗い光がパチパチと消えては灯り、やがて無情にもポトリと落ちる残酷な光景にみんなで声を上げて泣いてしまった。
浜辺の近くに停めておいた車に戻った僕と彼女は、一言も言葉をかわさなかった。ばあちゃんの家に泊まる予定だったが、何だかその気になれなかった。
「このまま東京に帰ろうか…」
コクリと頷いた彼女は、ハッと思い出したように、バッグに手を突っ込んで何かを取り出した。
「去年、たけし君とみんなで撮った写真、渡しそびれちゃった」
一枚、一枚、確かめるように写真を見ていた彼女は、恐怖が口から出るのを必死に堪えるようにして、一枚の写真を僕に見せた。
その瞬間、背筋が凍った。
足が………ない。
彼女の手から乱暴に数枚の写真を奪い、確かめた。
笑っているたけし君、ひょうきんなポーズのたけし君、砂山を作る真剣なたけし君、どの写真も、たけし君だけ足が写っていなかった。
恐怖に駆られ、急いで車を発進させようとした瞬間、目の前が真っ白になるほどのまばゆいばかりの光の塊が目に飛び込んできた。
まぶしくて思わず目を瞑った。しばらくして目を開けると、フロントガラスいっぱいに、大きな口を開けて笑う巨大な顔が浮かんでいた。
たけし君…。
今回の語り手
大江健次(こりゃめでてーな)
1979年生まれ。NSC東京校8期生。
同じく8期生の伊藤広大と共に結成したコンビ「こりゃめでてーな」で活動中。
第一話と第二話は、僕が実際に体験した怖〜い話をさせていただきました。いかがでしたか?
秋の夜長に「怖っ…」って思ってもらえたら最高です!
さて、この連載企画では、怪談を話し終わった芸人が、次のオススメの芸人を紹介して、どんどん怪談をつなげていって百話集める、っていう企画らしいですね。
というわけで、僕がオススメする次の芸人さんを紹介します。
次回2話連続でご登場いただくのは、ダイノジ大谷さんです。
怪談話と言ったら、この方は外せません。今年の夏は関西方面で怪談ライブ公演が多かったようで、そのせいなのかどうか、大谷さん体調を崩したり、財布を紛失したり、ツイてない出来事が続出したらしいんですよ。次回からお届けする大谷さんの怪談話で、みなさんの身にも何かが起きるかもしれません…。くれぐれもご注意ください…。
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