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【第四話】踏切事故の落としモノ

これは僕の友人のKが実際に体験した身の毛もよだつ話である。

――やっと眠れる。

一刻も早く家に帰って寝たい…。

Kは重い体を引きずりながら、池袋から西に向かって伸びる私鉄の始発電車に乗り込んだ。

私鉄沿線には住宅街が続き、時折、畑が点在するのどかな景色が広がっている。どこかのんびりとした、そんな町の雰囲気が気に入って、学生時代から一度も引っ越すことなく、この沿線に住み続けている。

商店街を通りぬけると、住宅街に差し掛かる手前に踏切がある。その踏切の横に、時代に取り残されたような2階建ての古くて汚いアパートが建っている。その古ぼけたアパートの一室がKの城だ。

大学卒業後、テレビの制作会社に就職したKは、アシスタントディレクターとして忙しい毎日を送っていた。

撮影現場に泊まりこんだり、スタジオに缶詰状態になることは日常茶飯事だった。

数日ぶりに仕事から解放されたKは、家に戻ると着替えもせずに、倒れこむようにそのまま眠ってしまった。

どのくらい時間が経ったのだろう。
騒々しい人々の声で目が覚めた。
電車の走り去る音や踏切の警報音で目が覚めるようなことはまずない。このアパートに住んで10年。そんな音には体が慣れきっている。

何なんだよ。せっかく気持ちよく寝ているのに…。

腹立たしい思いで、やっと体を起こし、窓から外を覗くと、踏切の周りに大勢の人たちが集まっている。
カンカンと錆びた音を鳴らしながらアパートの階段を上がってくる気配がすると、まもなく、部屋のドアをノックする音が響いた。ドアを開けると警官が二人立っていた。
「すみません。つい、先ほど踏切で人身事故があり、それで、野次馬が大勢集まってしまいましてお騒がせしています」

迷惑な話だな。

もう一度寝る気分にもなれず、かと言って、部屋で過ごす気にもなれず、久しぶりに買い物でもしようと慣れ親しんだ商店街に出かけた。

えっ!? 何!?
オレの顔に何か付いてる?

ブラブラと商店街を歩いていると、すれ違いざまに、見知らぬ他人から「あっ!」と小さな声が漏れるのを聞き逃さなかった。

それも一人ではない。何人もの人が一様に驚いた顔をするのだ。

Kは不愉快だった。

無理やり起こされたり、他人から驚かれるなんて、今日は厄日だな。

寝不足のまま翌日を迎えたKは、朝から目の回るような忙しい現場の只中にいた。

ふいに、顔馴染みのメイクさんに呼び止められ、スタジオの隅に連れて行かれた。
「何? どうしたの?」
「すみません、びっくりしないでくださいね。Kさんの肩の辺りにぼんやりと男の人が見えるんですけれど。何かあったんですか? なるべく早く、お祓いしてもらったほうがいいと思う…。私、けっこう霊感が強いんですよ。」
「えっ!? オレの肩に男? 人に恨まれるようなことはしてないつもりだけど」

お祓い。

気には止めていたものの、現場から離れられるわけもなく、結局そのまま3日が過ぎてしまった。

夜遅く、現場を引き上げたKは、疲労困憊した体でアパートの部屋にたどり着いた。

今夜こそ、思いっきり眠るぞ。

そうして、そのままフローリングの床に倒れこむように寝てしまった。しばらくすると目が覚めてしまい、体を起こそうとした。だが、体が硬直して身動きがとれない。ふと気がつくと、体を動かそうと必死にもがく自分の姿が、テレビボードにはめ込まれたガラスに映しだされていた。

そうか…。テレビの前で寝てしまったんだ。

ガラスに映った自分がジーッと自分を見つめていた。

その瞬間、背筋に悪寒が走り、激しい恐怖に襲われた。

ガラスに映っているのは自分じゃない。

見ず知らずの男がガラスの向こうからKを静かに見ていた。

逃げ出したいほど怖い。が、体が動かない。

最早、Kもその男から目を離すことができなかった。

ガラスに映った男には首から下がなかった。

生首がフワリと浮いたように見えた。

すると、生首はガラスから飛び出し、ゆっくり、ゴロン、ゴロンと身動きがとれないKに向かって来た。

月明かりが窓から差し込み、生首は青白い光に照らされていた。

仰向けになった生首は薄気味悪く目を剥いて、怒ったようにKを見つめていた。

おそらく気絶してしまったのだろう。気がつくと朝だった。

何事もなかったように生首は消えていた。

玄関のドアをけたたましくノックする音が響いた。

その音で、ようやく昨夜の悪夢のような出来事から現実に戻ったような気がしたKは素早くドアを開けた。

ひとりの警官が立っていた。

「先日の踏切での人身事故ではお騒がせしました。実は体がバラバラになってしまい、首だけ見つからなかったんですが、無事、見つかりました」

「そうですか…。で、どこにあったんですか?」

「あなたの部屋の窓の戸袋に挟まっていました」

オレハココニイル、ハヤクミツケテクレ…

生首は必死に助けを求めていたのかもしれない。

今回の語り手

大谷ノブ彦(ダイノジ)
1972年生まれ。
自ら芸人を集め、イベントを主催することもある怪談芸人。
1994年から、ダイノジとして活動中。

秋の夜長の怪談話はいかがでしたか?

格安のアパートにはご用心! そして、部屋でつい、うたた寝なんてもってのほか。恐ろしい物語の始まりになってしまうかもしれませんよ。

ところで、今年の夏の怪談ライブはマジでやばかったです。体調を崩したり、財布を失くしたり、立て続けに嫌なことが起こりました。そこで、体を清める時は塩を舐めるといいそうです。特効薬らしいです。ホント、試してみて下さい!

さて、次回は若手芸人のロングヘアー岩瀬ガッツさんです。なかなか霊感が強い男ですよ。どんな怖〜い話が聞けるか、乞うご期待!!

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