
「ゴッドマザー」に育てられ 中尾ミエさんはきょうだい4人の結婚式に出席してくれました

NHKの名アナウンサーだった父 終戦の年に「紅白」で総合司会 テレビの実験放送にも

馬事公苑の思い出 終戦後に外国人の女の子と馬車で 匂いは感覚的に心に残るものなのだと

疎開先の岩手で生まれて 世田谷区内を牛車で引っ越し 道路は未舗装だったんじゃないかな

「歌の持つ力」を信じて 自民党本部で「絆コンサート」 Gi!nzも出演

個性的だった歴代会長 「売れてなんぼや」 田端義夫先生の口癖で流行歌手の神髄に触れる

「石にかじりついても」と無縁のまま レッスンでタイツ、1日だけで後は行きませんでした

文化功労者は柔道界全体の栄誉 他の道? すべて断りました 一番いい道を歩いてきたから

組織には「父」と「母」が必要だ 選手はまねから育つ 私は技は勿論歩き方までまねました

リーダーとしてのビゼール国際柔道連盟会長 随分やり合いました、遠慮はしませんよ

なぜ日本は強くなったのか プロとアマの垣根が低くなり…芸能人と一緒に出演は禁止でした

コロナ禍中に開催された東京五輪 もう大変でしたよ、体を接触して行う競技ですからね

ついに「五輪柔道男子金ゼロ」 いつかは「その日」が来ることを早くから考えてはいました

固辞し続けた講道館長就任 居酒屋で説得「いいかげん、覚悟を決めろ」に「断れないな」

大事なのは「指導者の育成」 北京五輪で選手団総監督に 堅苦しさはあったかもしれません

篠原選手が「勝っていた」証拠 放送席で「間違っています」と何度も何度も言いました

「幻」に終わったロンドン赴任 すっかりその気が…みんなが「行くな」と言うんですよ

オリンピックはやっぱり怖い あれほど「最初の3分間は勝負をするな」と言ったのに…

バルセロナで再びアクシデント メディアにあえてウソ「元気で選手村の中を走っとるよ…」

代表監督の辞表に神永先生は…応援団を手で制した斉藤仁選手に「私より落ち着いているな」

「完全アウェー」のソウル五輪 審判もムードに押され…技を掛けてもそっぽを向いている

金メダリストから指導者の道へ 「スター千一夜」に出演も「あまりしゃべれなかったなぁ」

「逆転の発想」で活路見いだす 宗兄弟、下り坂ダッシュに「何やってんですかぁ」

あだ名は「ザ・ガードマン」 消去法で国際大会へ 現着1週間、食事も環境も最悪の中で

自信満々で明治大学へ進んだが 入学すぐの大会で絞め落とされ…あの光景は今も忘れません
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柔道を始めたわけは…すべて「音」で判断する恩師 小6で優勝「やめられなくなったなぁ」

「柔道」と「JUDO」は同じか? 国際連盟理事として「変えていけない」部分を守り続け

隠し通した「山下選手対策」 「捨て身」の技「小内巻込」を誰にも見せず何度も練習

「直伝」の技で恩師の雪辱 体格もパワーもずっと上のソ連選手を封じ込めて無差別初制覇

「負けない柔道」で栄冠 色紙に「切腹」「亡命」 重圧も力に変えるという期待を込められ

憲法改正近づいたと期待したい 男系で継がれてきた皇統の維持と国益守る「国軍」の明記を

昭一君に保守再生の軸を期待していた 中川先生と同じ繊細さ 握手で別れた1週間後の訃報

いまも心が痛む北朝鮮拉致問題 引退するまで続けた議連会長、曲げなかった3つの「原則」

日本の首相は靖国に参拝しなければ 訪中で「養父はA級戦犯」も唐家璇氏にはぐらかされる

2度目の脳梗塞 石原さん「剛毅だ」と感心 著作に「彼こそ人生の真の友といえる男だ」

「石原総理」誕生ならず 想像を超えていた橋下さんの発言、怒鳴る寸前のところを押し殺し

若手は「腐っても自民」なのか 新党を結成、「頑張れ日本」の提案も「たちあがれ」に

「もっと働け」という天の声か 脳梗塞で入院「長期休暇をもらったのかもしれません」

信念を曲げてまで復党しない まだまだ外から立て直していかねば、と「誓約書」を提出せず

無所属で立候補「自民をただす!」 郵政民営化法案にまた反対票 結党50年大会前に離党

保守と思えない小泉政治と対決 ヤタガラスが描かれた熊野本宮の起請文に署名して反対票

功労者を排除する自民に怒り 小泉さんから「抵抗勢力」の代表格と位置付けられた亀井さん

「士志の会」の団結力は… いつもまじめに政治談議をしていたとは言えなかったなあ

自民総裁選をすすめられるも… 構造改革は必要も「小泉ー竹中ライン」の政策に危惧