二宮和也、人生で大切な“生きる希望”「与え続けられるような人でありたい」松坂桃李・中島健人らからの質問にも回答<ラーゲリより愛を込めて>


【モデルプレス=2023/02/20】俳優の二宮和也が20日、都内で開催された「ラーゲリより愛と感謝を込めて 御礼舞台挨拶2023」に出席。人生で大切な“生きる希望”を明かした。

「日本アカデミー賞」への本音をぶっちゃけてしまった二宮和也 (C)モデルプレス
「日本アカデミー賞」への本音をぶっちゃけてしまった二宮和也 (C)モデルプレス
◆二宮和也、人生で大切な“生きる希望”は?

映画『ラーゲリより愛を込めて』は、第二次世界大戦終了後、約60万人の日本人が不当に抑留されたシベリアの強制収容所(ラーゲリ)を舞台に、生きることへの希望を捨てず、ダモイ(帰国)を信じて仲間たちを励まし続けた実在の人物・山本幡男(二宮)の壮絶な半生を描く。この日は瀬々敬久監督も登壇していた。

舞台挨拶で「人生で大切なもの・生きる希望」を問われた二宮は「生きる希望と言うと大きくなりすぎですけど、普段から応援してくださっている人たちに何か新しい感覚というか、新鮮なものというか。そういったものを与え続けられるような人でありたいなっていう努力はしていますね。ちっちゃくてもいいんですけど、少しでもいいんだけど、応援してくれている人たちが『あ、楽しそうだな』とか興味を持てるような対象ができるようになっていったらいいなとは思いますね」と発言。

瀬々敬久監督 (C)モデルプレス
瀬々敬久監督 (C)モデルプレス
瀬々監督が、その考え方にはアイドルという仕事が影響しているのかを問うと、二宮は「あると思います。ただ僕、それこそラブストーリーなんてほとんどやっていなかったんですよ」と返し、瀬々監督は「そうだよね。次はラブストーリー」と、二宮が出演する映画『アナログ』に言及。

二宮は「そうなんですよ。珍しいんですよ。現代だし髪の毛生えてるし。普通の服を着ている」と語って会場を沸かせ「世の中の人から見たら『二宮さん、今度ラブストーリー。こういう作品をやるんだ』で終わることかもしれないけど、応援してくれている人からすると『大丈夫か?』みたいな。『お前が現代に戻ってきて大丈夫なのか?』みたいな。現代に戻ってきたりすると娘が誘拐されたりとか」と日曜劇場『マイファミリー』にも触れながら「シンプルにこの人のラブストーリー大丈夫?っていうような、ちょっと不安になる人もいるかもしれないけど、ちょっと新鮮な気持ちにさせられるような仕事ができればなというのは、僕の希望も含めてありますかね」と明かした。

◆二宮和也、松坂桃李・中島健人らからの質問に回答

その後、本作の共演者からの質問が届く一幕も。松坂桃李より「同じスタッフ・キャストで次回作を作るとしたら、どのような作品がよいですか?ちなみに僕はゾンビものです」という質問が届くと、二宮は「言っていた気がする。そんなことを。撮っている最中にも。ゾンビものがやりたいって」と笑顔で回想。「せっかくこれだけの人がいるので、何か違うことがやりたいです。それこそ瀬々さんも出て。『金八先生』『瀬々八先生』みたいな」と提案し「男子校みたいな感じの。定時制ですね。そういうのが確かにいいかもしれないですね。ちょっと人情的な」と瀬々監督も含めての共演を希望した。

後輩の中島健人より「アイドルと俳優の違いを教えてください」という質問を受けた二宮は「なんだろう?違いはそんなにないんじゃないかなという風に思うのは、ちょっと語弊があるかもしれないけど、演じているというものに対してのフィルターが違うだけで、あとその届け方が違うだけで、基本的にはやっている行為は一緒だと思っていて。別に、中島さんがアイドルの時に演じているとは思わないですよ。でもまあ、演じていないと思っているのはちょっと信じられないけど(笑)」とコメント。

「演じているかいないかわからないけども、そういうキャラクターを彼自身で作り上げたりとか、切磋琢磨して作り上げていくものの作業の行為というのは、そんなに変わんないんじゃないのと思っちゃう。俺は全くそれに関しては、みんなと一緒に作っていくっていうタイプなので。お芝居のことで言うと。キャラクターっていうのは、自分はこうだっていうよりも、この人からこう見られているとか、この人はこう見ているとか、あの人はこう見られているっていう多面的なものが一つのキャラクターになっていくと思っているから。それはグループにいるときもそうだったし。やり方が違うだけで、やっていることはたぶん一緒な気がしますね」と嵐としての活動も踏まえて考えを明かした。

さらに「今もアイドルですけどね。アイドル時代というか、グループを組んでまだグループが活動していた時期に呼ばれるときは、俳優然とせずに。呼ばれた意味を考えて。言われたときに動けるような作業っていうのはしていましたけどね。だから、彼(中島)もできているんじゃないですか?たぶん」とも話していた。

瀬々敬久監督、二宮和也 (C)モデルプレス
瀬々敬久監督、二宮和也 (C)モデルプレス
安田顕からは「映画とは、ご自分にとってどういう意味ですか」という質問が寄せられた。二宮は「僕にとっては本当にありがたい存在といいますか。作品だったりお芝居だったり、全部離れて考えると、自分の若い頃の動いている映像がこんなにも残っていることっていうのは、めちゃくちゃありがたいですね。このとき何を思ったんだろうとかって、なんとなく思い出せるというか」と返答。

「このシーンを撮っているとき、めちゃくちゃ遅かったなとか。このシーンの次の日、コンサート行ってたなとかっていうのを、忘れているんだけど、その映像を見る時に思い出せるっていうことで言うと、本当にありがたさしかない。動くアルバムじゃないけど。そんなことを言ったら豪華すぎるからね。ちょっと違うんだけども。でも、ずっと若いころからの顔が残っているっていうのは、僕は出ている人の特権だなと思っているので。出る側の目線からすると大きいかもしれないですね」と語った。

桐谷健太は「人生最後の日に食べたい料理を教えてください。そして俺(桐谷)と2人きりで食べたい料理も教えてください。その料理が違った場合(人生最後の料理と桐谷と二人で食べたい料理)なぜ違ったのか理由もお聞かせいただければ」と複雑な質問を投げかけ、二宮は「めんどくさいな!」とつっこみ。

人生最後の日に食べたい料理について二宮は「あんまり食に興味がないっていうのもあるんだけど、なんだろうなあ?僕はもんじゃが好きなんですよ。だからもんじゃを食べていたいなと思いますけどね」としたうえで「明太子もんじゃとかあるじゃないですか。それを変えて、明太子を数の子にするとか。そして瀬々さんと一緒に」と瀬々監督の好みも取り入れて返答。関西ではもんじゃがあまり食されないことを踏まえ「桐谷さんと食べると、お好み焼きになるのかな」とも話していた。

◆二宮和也、演じる上で大切にしていたこと

“1000の笑顔を持つ男”二宮和也 (C)モデルプレス
“1000の笑顔を持つ男”二宮和也 (C)モデルプレス
当日は、シベリア抑留の歴史を後世に語り継ぐ役割を担う学生が来場していた。学生が、二宮の祖父がシベリア抑留者だったことを踏まえ、親族だからこそ込めた思いを聞かれた二宮は「この映画で僕が1番大事にしているところは、いろんなそれぞれの人たちの希望というものがあって。その希望を山本幡男さんっていう人が励まし続けたことで、どんどんどんどんそれが次の日・明日につながっていくみたいなことだったりするんだけど、本当にこういう過酷なところにいると、小さな希望が消えたことが気づかない人がたくさんいるんだよね」と返答。

「希望の灯っていうものを灯す作業をしなければならないんだなという。応援して応援して、それを絶やさず続けていくというよりも、消えてしまったことに気づかない人たちに、ちゃんとさりげなく灯を点けてあげて。だからこそ生きる意味があるんだっていう。ダモイするっていうことを大前提としたうえで、それもそうだけど」と続けた。

さらに「それはもう憶測でしかないから分からないけども、うちのおじいさんも帰ってきたのが4年後だったんだけど、帰ってきてもし、仮の話だけど、うちのおばあさんと結婚をしていて、帰ってくるのが4年後になって、そのおばあさんに新しい家族があった時に、うちのおじいさんはどうしたんだろう?とか。それからまたずっと、とてつもない人生を歩んだんじゃないかとか。うちのおじいさんはうまくまとまって俺が出てきたんだけども、そうじゃないところもたくさんあっただろうし。帰ってきた時の方が過酷だった人もいるかもしれないし。でも『帰ろうよ。みんなで。だって自分の国なんだから』っていうものを、なにげなく触るような感じで押してあげながらやっていくっていうのが幡男さんだったと思っていて」と持論を展開。

「だからこそ、帰ることを大前提というよりも、みんなで歌を作りましょうよとか、字を書きましょうよとか、いろんな季節の暦をみんなで感じましょうよとかっていうことで繋いでいった灯だったりもすると思うので、そこを1番大事にしたというか。押し付けない強さみたいなものをすごく大事にしていたからこそ、自分が病気になった時に『いやあ、死にたくないな』っていう。『ああ、いやだな、死にたくないな』っていうものを、病気のシーンには込めたというか」と述懐。

「その声を聞いたときに、今まで一緒に頑張ってきた仲間が『ああ、こいつ死んじゃうんだ』って感じさせなきゃいけなかったっていうのがあるので、そこを割と大事にしていた部分はありますね。みんなには『生きて頑張ろうよ』って言っている自分は一番死にたくないっていう、卑しさというか。そういうのがあの時代の人間にあってもおかしくないんじゃないかなっていうのは、自分のキャラクターを作っていくうえではあったと思います」と振り返っていた。(modelpress編集部)


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